「お前が落としたのは、金の斧?それとも銀の斧?」
木こりは何と答えようか、迷っていました。
仲間の木こりからこの泉の話を聞いたのは、数日前のことでした。
眩いばかりの金の斧に魅せられた木こりは、自分も手に入れたいと願い、この泉にやってきたのでした。
教えてもらった通りに答えようか、それとも……
迷った末、木こりは仲間から言われた通りに答えました。
「お前はとても正直ですね。褒美に、この金と銀の斧も持っていくがよい。」
こうして木こりは、女神から金の斧と銀の斧をもらいました。
木こりは街へ行き、金の斧と銀の斧を売ってお金に換えました。
「こんな簡単に、お金が手に入るなんて……」
木こりはずっしりとした重みを手の中に感じながら、なんとも言えない気持ちになりました。
「きっと、今まで真面目に頑張ってきたから、女神様がご褒美をくださったに違いない。」
そして木こりは、袋いっぱいのお金を抱えて家に帰りました。
次の日、木こりは再び泉に行ってみました。
“ 果たして女神様は、また姿を見せてくださるだろうか? ”
木こりは昨日と同じように、持っていた斧を泉に投げ込みました。
しばらく水面を見つめていると、やがてゆっくりと波紋が広がり、美しい光と共に女神が現れました。
「お前が落としたのは、金の斧?それとも銀の斧?」
「いいえ、女神様。私の斧は、鉄の斧です。」
木こりは、昨日と同じ返事をしました。
「お前はとても正直ですね。褒美に、この金と銀の斧も持っていくがよい。」
木こりはまたしても金の斧と銀の斧を手に入れると、その足で街に向かいました。
「木こりさんよ、昨日も今日も・・・・・、一体どこでこれらを手に入れたのかい?」
店の主は不思議そうに尋ねましたが、木こりはそれには答えず、笑顔だけを残して店を後にしました。
そうして木こりが何回か泉に足を運び、金と銀の斧をいくつも手に入れている間に、
いつしかこの泉のことが人びとの知るところとなり、泉には行列ができるようになりました。
しかし女神が現れる日もあれば、全く姿を見せない日もあり、
人びとの間では、
「晴れた日の朝がいい。」
「北の空に星が流れると、翌日に現れる。」
「赤いものを身につけていると来てくれるらしい。」
など、いろんな噂が真しやかに伝えられ、そして広まっていきました。
ある日、街の市で売られていた金の斧を見て、旅人が声をあげました。
「金の斧が!」
そこには、赤茶に粉を吹き、無残な姿となった斧がありました。
噂を聞いて買付けに来た旅の商人は、腐食してボロボロになった斧を見て、がっかりして帰っていきました。
「おかしいなあ、昨日まで黄金に輝いていたのに…」
店の主は狐につままれたような気がして、首を傾げました。
そのうちに、金の斧が朽ちてしまうという話が、街の至る所で聞かれるようになりました。
そればかりか、金の斧を売り買いした人びとの間で争いまで起こるようになりました。
「騙したな!金を返せ!」
「お前こそ、偽物を売りつけやがって!」
そして人びとは、どれが本物でどれが偽物か、その見定めに夢中になりました。
けれども金の斧も銀の斧も、
その姿を変えたかと思えば、翌日には元の姿以上に輝きが増したり、
誰かが手にした瞬間に赤黒く変色したり、
はたまた光を放ったまま朽ちていくものもあり、
人びとはその千変万化に、ただおろおろするばかりでした。
やがて、
「子どもに預けると斧は蘇る」
「山深い滝の水で洗うと良い」
など様々な噂が飛び交いましたが、
誰ひとり真偽のほどはわからないのでした。
それでも泉には、今日も女神を待つ人があふれ、
あちこちでその姿を変える斧に、人びとは一喜一憂していました。
「本当に、人間って・・・」
人間たちの様子を、女神は天上から眺めていました。
地上界から送られてくるニュースは、
どこぞの金の斧が再び変移しただの、
替わって銀が大流行りしているだの、
それらに翻弄されている人びとの姿を、連日のように映し出していました。
「どうして君は、金の斧を木こりにあげたんだい?・・・何か教えようと?」
神々の仲間からそう問われた女神は、一瞬きょとんとした表情を見せましたが、
すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて答えました。
「そんなの暇つぶしに決まってるじゃない。退屈だったから、からかっただけ。」
女神は手にしていた鏡を置くと、軽く伸びをしました。
そして人びとが行列をなす泉へと、再び天上界から降りていきました。
「お前が落としたのは、金の斧?それとも銀の斧?」
終わり
♡挿絵について♡
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